2008.05.31 Sat
家族
このページは私の家族について書いてみる。
+ 家族 +
笑いが無い家族。
チチもハハも冗談を言わないし、ボケもツッコミができない人だ。
だから、アニも私もそういうものとは無縁で育った。
冗談がとびかったり、ツッコンだりボケたりで笑いが起きるなんて
そんな空気は微塵も無かった。
今も無い。
アニは小学生の頃、友達の家に遊びに行って
冗談を言って笑わせてくれる友達のお父さんを見て、ビックリしたらしい。
笑いが起こる空間、こんな家族が存在するのか・・・ 相当なショックだったらしい。
私も同じような経験がある。
中学の友達は、楽しそうによく家族の話をしていた。
ご両親はとても仲がいい。手をつないで歩くらしい。
同世代の人で、そんな光景って・・・ 外国の話かと思うくらい想像もできなかった。
チチハハが意気投合して談笑している、そういう光景を見た記憶はない。
お互いに目を見つめて会話する姿も、見たことない。
今も無い。
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チチハハから褒められた記憶はない。
これは「褒める」という習慣がなかっただけだと思う。
悪いところを指摘して諭すという育て方。
それはチチハハが、“親”として、
子供の為になると信じて懸命にやってきたことなのだ。
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チチともハハとも、私は意思の疎通がむずかしい。
ハハとは会話をしていても、肯定を求めているのか何なのか、
今もさっぱりわからない。
「子供の頃、叩かれたことはないよね」
と私が聞いた時。
小学校卒業するまでは、ハハ手製の手作り服も着ていた。
幼少の頃、手作り服が気に入らないとグズって嫌がった時、
チチが私を平手打ちしたらしい。
「その後は、まったく嫌がらなくなったのよ」
ハハが私にその話をしているとき
そばで聞いているチチは、満足そうな顔をしていた。
叩いたのは、その時だけらしい。
私はそのときの記憶は無いし、実際その後も叩かれたことはない。
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メンタルクリニックへ通院しはじめてしばらくたった頃、
ハハが私に本をくれた。
摂食障害で自殺した娘のことを母目線で書いたノンフィクション、そんな感じの本。
私は、それを読むことはできなかった。
表紙を開くことさえ、イヤだった。
そのことに罪悪感を覚えた。
診察の時、ハハに悪いと思う気持ちを泣きながら話した。
先生は私の目を見つめて、言った。
「泣くことないよ。
だって、あなたのお母さんがおかしいでしょ。
そんな本を、あなたに渡すお母さんがおかしいでしょ。
泣くことないよ。
気にしないの、ね。」
私はその時、ハッとした。
ハハをおかしいと思っていいんだ。そっか、いいのか。
硬くて重い殻が一枚ポロッと剥がれた気がして、心が少し軽くなった。
+++++
3年ほど前、珍しく家族が揃った夕食時の会話。
「自殺サイトで知り合い、集団練炭自殺」のニュースを見て。
チチ「ネットで知り合っただけで意気投合するなんて、わけがわからない。
何故、生きようとしないのか」
私(チチに対して)
「意気投合しているんじゃないよ。
生きる意味がわからなくて、
死ぬ方法が同じなだけだよ」
アニ(チチに対して)
「自殺するサラリーマンの数は、毎年ある程度の人数はいるんだ。
ただ、自殺サイトによって
死にやすくなって、人数は増えたかもしれない」
ハハ「私は生きるのがつらいわよ」
(誰に向かってでもなく、テーブルを見つめながら真顔で)
だったらさっさと死ねばいいのに
(私の脳内を一瞬かすめたコトバ)
恐ろしいことを思うヤツだ、私は。
字面だけ見れば、ハハを憎んでいるみたいだけど、そうでもない。
受け止めきれないから。
ハハはこういう言葉を口に出すことが多い。誰も反応できないくらい、重い。
誰も、笑いに転換する術を知らない。ダウ◯タウンの二人でも無理じゃなかろうか。
重たく冷たい空気に気づかぬフリをするだけで、せいいっぱいだ。
家族が揃っている空間は、いたたまれなくなるくらい苦しい。
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私は、チチやハハから連絡がくることが、恐怖。
メールも手紙も電話も。
食べ吐きしていた頃は、その一通が「衝動」の原因になった。
連絡の内容は受け流していい、と診察で言われるとホッとする。
手紙類は読まないことはないけど、保管することはほとんどない。
つまり、捨てる。
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私の摂食障害は、家庭環境から発症したものだけど、
どこの家族も、いろんな問題を抱えている。
うちだけ特別に歪んでいるとは思っていない。
ハハの病気原因のひとつには、ハハの育った環境も影響している。
そんなもんだ。
よく思うことは
私は
チチハハが死んだとき、悲しいだろうか。
見慣れない現実を目の当たりにして、一瞬、泣くことはあっても。
悲しいだろうか。

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