2008.05.29 Thu
はじまり
+食べ吐きのはじまり+
私の摂食障害の発症は、十代なかば。正確にはよく覚えていない。
中学と高校で同じ制服だから余計、記憶があいまいなのだけど
とにかく、学校の制服着ていた頃だった。
食べはじめていた。
学校から帰ってきて、戸棚にはいっていた食パンを
自分の部屋に持っていって制服を着たまま、食べはじめていた。
そんな感じだった気がする。
今ならこういう表現が使える。
「衝動」
食べたい衝動。抑えられない食欲。
それまでも、夕食後にポテチなどお菓子は食べていたけど
発症後は、満腹感がいつまでも得られないから
誰も見ていない隙に
冷蔵庫や戸棚にある食べ物を、部屋に持ち込んで食べていた。
ハハは気づいていた。食料が減るから。
その頃はもうハハも病んでいて、カウンセリングみたいものを受けていた。
で、私に薦めた。
「そこへ行きなさい」
「ヤダ」 その一言で片付けた。
だって私は自分が病気だなんて、思っていないから。
それで
学校帰りに、自分でスーパーで食料を買い込んで
その買い物袋を見つからないように隠しながら部屋に持ち込み
食べていた。
トイレで吐くことも覚えた。
それは「太りたくない」という思春期ならではの気持ちが発端だったと思う。
毎日、食べて、吐いた。
もちろん、それが心の病気だなんて思いもしなかった。
大学生の時、仕事の関係でチチハハだけ引っ越した。
離れて暮らすことになり、
隠れて食べることもなく、さらに症状は酷くなった。
過食症の人のブログで、食べた内容を記録している人って、
すごいな。
あの頃、私がブログやっていたとしても、それはできなかったと思う。
でも、手帳にメモをとっていた時期はあったな。
あまりに長い年月食べ吐きしていたから、いろんな記憶がごっちゃになってる。
ひどかった時期は、一回に食べる量はこんくらいだったかなぁ。
ミートソーススパゲティ(コンビニ弁当)
オムライス(コンビニ弁当)
チャーハン(コンビニ弁当)
食パン 1斤
ビスケット 1箱(マリーとかチョイスとか)
ポテトチップス 1袋
アイス 1パック(ファミリーサイズ)
コーラもしくは炭酸飲料
2時間弱かけて食べてた。
で、吐く。
吐くのが楽な人もいるんだよね。指も使わずに、苦しまずに吐ける人。
私は苦しかった。指使って、涙目になって吐いてた。
胃に残したくないから、最後までふりしぼる気持ちで。
とても苦しかった。
吐いた後、動けなくなることもあった。
貧血みたいになってフラフラで、横たわっているしかできない。
意識を失うように1、2時間眠って、目が覚めると
また食べたくなる。
フラフラなのに、食料買いに行って、
2時間かけて、食べ吐き。
倒れるようにして、眠る。
休日はそれを、2、3回やることもあった。
大学時代も社会人になっても、そんな生活だった。
若いから、体力がもったんだなぁ。
よく死ななかったと思う。
ハハのカウンセリングっぽいことやっている人に会おうと思ったのは、
大学生の時。
「私は病気なんだ」 やっと自覚した。
何回くらい通っていただろう。
行くたびに、泣いていた。泣きながら話しをしていた。
でも、その人はボランティアで話を聞いてくれる人だったし、
ハハも知っている人だし、
自分の内にたまっている、わけのわからない苦しみを
すべてぶちまけることはできなかった。
ぶちまける方法さえ、わからなかった。
つまり、治療とはほど遠い環境だったんだ。

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私の摂食障害の発症は、十代なかば。正確にはよく覚えていない。
中学と高校で同じ制服だから余計、記憶があいまいなのだけど
とにかく、学校の制服着ていた頃だった。
食べはじめていた。
学校から帰ってきて、戸棚にはいっていた食パンを
自分の部屋に持っていって制服を着たまま、食べはじめていた。
そんな感じだった気がする。
今ならこういう表現が使える。
「衝動」
食べたい衝動。抑えられない食欲。
それまでも、夕食後にポテチなどお菓子は食べていたけど
発症後は、満腹感がいつまでも得られないから
誰も見ていない隙に
冷蔵庫や戸棚にある食べ物を、部屋に持ち込んで食べていた。
ハハは気づいていた。食料が減るから。
その頃はもうハハも病んでいて、カウンセリングみたいものを受けていた。
で、私に薦めた。
「そこへ行きなさい」
「ヤダ」 その一言で片付けた。
だって私は自分が病気だなんて、思っていないから。
それで
学校帰りに、自分でスーパーで食料を買い込んで
その買い物袋を見つからないように隠しながら部屋に持ち込み
食べていた。
トイレで吐くことも覚えた。
それは「太りたくない」という思春期ならではの気持ちが発端だったと思う。
毎日、食べて、吐いた。
もちろん、それが心の病気だなんて思いもしなかった。
大学生の時、仕事の関係でチチハハだけ引っ越した。
離れて暮らすことになり、
隠れて食べることもなく、さらに症状は酷くなった。
過食症の人のブログで、食べた内容を記録している人って、
すごいな。
あの頃、私がブログやっていたとしても、それはできなかったと思う。
でも、手帳にメモをとっていた時期はあったな。
あまりに長い年月食べ吐きしていたから、いろんな記憶がごっちゃになってる。
ひどかった時期は、一回に食べる量はこんくらいだったかなぁ。
ミートソーススパゲティ(コンビニ弁当)
オムライス(コンビニ弁当)
チャーハン(コンビニ弁当)
食パン 1斤
ビスケット 1箱(マリーとかチョイスとか)
ポテトチップス 1袋
アイス 1パック(ファミリーサイズ)
コーラもしくは炭酸飲料
2時間弱かけて食べてた。
で、吐く。
吐くのが楽な人もいるんだよね。指も使わずに、苦しまずに吐ける人。
私は苦しかった。指使って、涙目になって吐いてた。
胃に残したくないから、最後までふりしぼる気持ちで。
とても苦しかった。
吐いた後、動けなくなることもあった。
貧血みたいになってフラフラで、横たわっているしかできない。
意識を失うように1、2時間眠って、目が覚めると
また食べたくなる。
フラフラなのに、食料買いに行って、
2時間かけて、食べ吐き。
倒れるようにして、眠る。
休日はそれを、2、3回やることもあった。
大学時代も社会人になっても、そんな生活だった。
若いから、体力がもったんだなぁ。
よく死ななかったと思う。
ハハのカウンセリングっぽいことやっている人に会おうと思ったのは、
大学生の時。
「私は病気なんだ」 やっと自覚した。
何回くらい通っていただろう。
行くたびに、泣いていた。泣きながら話しをしていた。
でも、その人はボランティアで話を聞いてくれる人だったし、
ハハも知っている人だし、
自分の内にたまっている、わけのわからない苦しみを
すべてぶちまけることはできなかった。
ぶちまける方法さえ、わからなかった。
つまり、治療とはほど遠い環境だったんだ。

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