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装置に感動

みんな、「かもしれないたいそう」はやってみたかな?
(やらないか・・・ ションボリ)

NHK教育のこども向け番組から、もうひとつお薦めがある。
「ピタゴラスイッチ」

素晴らしいよ、ピタゴラ装置。
毎回毎回見るたび感動する。
ユーTUBEブログになっちゃうけど。知らない人は是非見てみて。

(動画削除済み08.06.23)

こんなに静かな短い時間なのに、感動して、パワーをもらえる。

もうひとつオマケ。
これもピタゴラスイッチのなかのコーナー、アルゴリズム行進。
イルカも楽しんでるよ(笑)


アルゴリズム体操もあるんだよ。

| | 22:10 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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笑われてしまえ

私は自分の声が嫌い。

小一の頃だったかな。
さっき私が話した同じ言葉なのに、カセットテープに録音されたその声は、
他人の声だと思った。マジで。
自分の声だと思わなかった。ショックだったなぁー。

それ以来コンプレックスになった。甘ったるく子供っぽい自分の声。

ふわりの動画を撮りはじめた頃、声も入れることに抵抗があった。
再生して自分の声を聴くたび、げんなりした。
でもそのうち、どうでもよくなってきた。

おもしろければいいじゃん。



目眩が酷くなって退会するまで長い間、ジム通いをしていた。
きっかけは怪我のあとのリハビリ、腰痛防止の筋力アップだった。
そのうちエアロビクスやボクシングエクササイズにはまった。
どのプログラムも、最初は下手くそ。
スタジオの隅でウロウロ動きながら、したたるのは冷や汗ばかり。
無様な格好の自分を鏡で見ながら、上手い人の動きに憧れた。

体育は、小さい頃から成績表のなかで一番悪かった。
どんくさいし、体は硬いし、かけっこはビリ。
運動は苦手。でも、そんなのどうでもよくなっていた。

楽しめればいいじゃん。


そのうち、ボクシングエクササイズは、一番前でできるようになっていた。
上手な人はそれが許される(ジムの暗黙のオキテ)
鏡が見えにくい後ろの人の、見本にもなるから。
インストラクターのすぐ横の一番前の床、私がいつもいる場所を、
少し遅れてスタジオに入っても、参加者の方たちが空けてくれていることもあった。
でも、動きを間違えても、ぜんぜん恥ずかしくなかった。
笑ってごまかしながら、ただ楽しんで汗をかいていた。

ジャズダンスのクラスにも参加するようになった。
ダンスって下手だと、無様(ぶざま)そのもの。
先生の動きと同じにしているつもりが、何もかも違う。
手先から足先まで。何もかも。

映画「オール・ザット・ジャズ」のワンシーン、
オーディションに参加したたくさんのダンサーに混じり、
とても下手な男性ダンサーがクロースアップで映る一瞬がある。
あのシーンを見るたび、「あ、私がいる」と思う。
同時に「あなたはダンスが好きなんだね、踊りたいんだね」と感じる。

ブザマな自分を鏡に映す。目をそらさずに必死に見つめる。
先生の美しい動きに少しでも近づけるように。音楽を表現できるように。
私にもそれができるかも。
そして、スタジオの外から見つめることしかできなかった誰かが
下手っぴな私を見て、「踊りたい」って思うかも。
私がそうだったように。



『 みろよ そらは ひろ〜い 』

で終わる「かもしれないたいそう」からだであそぼの1コーナー。最近はまっている。
朝7時半から10分間、教育テレビ必見。詩曲振付けは近藤良平さん。
見ているだけじゃもったいない。動いてみるべし。


笑われてしまえ

楽しけりゃいいじゃん



笑われてしまえ

誰かが笑顔になるなら



| | 20:50 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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それ以上の恐怖

+ それ以上の恐怖 +

私は死ぬのは恐くない。
こう書くと、言うだけならなんぼでもほざけると思うだろうか?

私は死ぬのは恐くない。



地震
いずれ「大地震」という規模の揺れを体験するのだろう、たぶん。

揺れを体感したショックと動揺。

その瞬間ののち
私に意識がある状態なら、私の心はどうなっているのだろう?

その瞬間ののち
瓦礫に埋もれ、動けない状態だったとしたら。
葉っぱやミミズを食べ尿を飲み・・・
そこまでして “生きたい”という精神力 は私には無い。
そこまでする “生きたい”という希望 は何処にあるのだろう。

その瞬間ののち
怪我をした状態で、運良く病院へかつぎこまれたら。
入院生活? 大部屋で?
水や電気が止まっている街の病院で? 余震が続くなかで?
私は正気を保っていられるだろうか。

その瞬間のとき
何処にいるのかわからない。自宅か外出先か電車か・・・。
どこにいようと、余震の恐怖はつきまとうだろう。
クスリをきらしていたら? すぐには調達できないだろう。
自分の部屋が潰れるなり、とにかく居られない状態ならば、避難所生活になる。
他人と長時間過ごし、プライバシーの無い、避難所生活。
周りを気遣い助け合う気持ちの余裕がもてるだろうか。

私の存在が
周りに気を使わせる状態になっているのではないか。
どう扱っていいやら、わからない
やっかいな存在になっているのではないか。


私の家族は日本列島に点在している。
近い方の親の家は無事だとして、そこへ行ける手段が確保できたら?
行くか?
避難所から出られるなら、行くだろう。
親と過ごす時間。
私は何日もつだろうか。



地震

私は死ぬのは怖くない。

それよりももっと怖い。怖いんだ。



だったらいっそ、ドーンと一発で。




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| ショウガイ | 23:27 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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過食を過ぎて

+ 過食を過ぎて、そして最近思うこと +

今はしていない過食嘔吐の回数は、徐々に減ってきた。
私は吐くことが大変だった。指を使うし、苦しい。
回数が減ってきた過程では
その苦しさを味わいたくないから、
食べたくない=吐きたくないから、という時期もあった。

そして
歯はボロボロになる。
長時間食べ続けることも歯によくないし、
吐くことで、胃液にもやられる。
虫歯というより、歯茎や歯根が弱くなる。
ずっと歯医者さん通いが途絶えない。
きっと私は、入れ歯になる時期が早いんじゃなかろうか。

食べ吐きをしなくなってから、代わりの症状が現れる。
眠気との戦い。
日中時折、激しい眠気に襲われることがある。

クスリの副作用や
睡眠導入剤を服用するタイミングと体調が合わないときや
原因は様々だけど、眠気との戦いは多い。

おさえきれないアクビがでるのも困る。
口を手で覆う暇もあたえない大アクビ。
「あ」と思ったときにはノドの奥まで見えそうな大アクビ。
困る。

過食嘔吐の代わりなのか、ウツなのか、
落ちたときの葛藤、絶望感、無気力
気持ちの浮き沈み
集中力の低下
とにかく、コントロールできない自分を持て余す。



最近は、人とのコミュニケーションが苦手。
大勢の人に混じることも、大変。

週一で通院してるのに、いまだに待合室は苦手。
一時間以上は確実に待つから(混むときは二時間以上)
いったん外に出て
銀行の用事とかヤボ用を済ませたり、プラプラしたり。
クリニックに戻っても、なるべく人が少ない場所に行く。
時間つぶしに会話している人もいるけど、その声を聞くのもイヤだし、
話しかけられないように“近づくなオーラ”出していると思う。
本が読めない。人がいる気配があるだけで集中できない。
(学生時代は通学の電車で本を読んでいたのになぁ・・・)
縫い物や編み物は、できる時と、できない時がある。



映画館に行くとか、服を買いに行くとか
前もって予定をたてても、その日の天気や精神状態によって行けない時がある。

誰かと一緒に行く約束は最近ほとんどしないから、人に迷惑はかけなくて済む。
吐き気とかめまいとか、行動するのに体調がついていけない場合は
すんなりと諦めて、日を改める。
ただ出かけるタイミングを失い、予定の日をウツウツと過ごすとよくない。
翌日もウツウツを引きずったりして、余計よくない。

なんてことないことなのに。
映画館に行ったって、誰と会話するわけでもない。
服だって、店員さんにアドバイスもらえるほうが着る楽しみが増える。
行っちゃえば、なんてことないのに。
予定の前日に落ちることが多いから
気持ちを前向きに保つのに、とてもエネルギーを使う。

最近久しぶりにやっと買えた夏服。プードゥドゥって歳じゃないけどね(w
0617mc-huku



最近は心的ストレスで、肌が痒くなったりする。
皮膚科通いをするほどボロボロに酷くなったことがある。それ以降も、
人とのコミュ二ケーション時間が多かったり、
気を使うことが多くて疲労した夜や翌日に、
カラダのあちこちが痒くなり、掻いた痕が広がり、肌が赤く腫れることがある。
皮膚科通いの頃みたいに、酷くなるのが怖いので
カユミ止めの塗りクスリがかかせない。


長年の過食の代償が、今後の体調にどう現れるのかわからない。
別の精神疾患が発症するかもしれない。
ネガティブ思考なのではなく、冷静に客観的にそう思っている。
ハハを見てきているし。


診察とクスリの服用を拒否しない精神状態は、最低限保ちたい。
これが唯一、自分に対する希望。





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| ショウガイ | 23:31 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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病名

メンタルヘルス系のブログを覗くと
サブタイトルやプロフィールに、病歴を連ねている方が多い。
どんなクスリの一錠何mgをどれくらい処方されているか、
その全種類を記している方もいる。
病状の程度をわかりやすくする(知ってもらいたい)為だろう。


私は自分の病名をあまり気にしない。
過食症やらウツやら、そう診断書にあれば「そうなんだ」と理解するけど
それは例えば、
どんなクスリが処方されているか納得するには必要だけど
日々を過ごすには(生きるには)
それを意識することは、私には必要ない気がする。

だって
過食がはじまったのも、パニック発作が起きるのも、気持ちが落ちるのも
予測できないし、いつ治まっているのかも、
まったく見当なんてつきやしないんだもの。

「ショウガイ」というカテゴリを作っておきながら
矛盾することを書くけれど

どんな育ち方をしたとか
何の精神疾患を患っていた(いる)とか
そういう分析は専門医師にまかせておけばいい。

自分が何という病名か
どんなクスリを飲んでいるのか
そういうことは、治療する側(医師)の判断材料に過ぎない。

いちいち 自らを痛めつける材料 にする必要はない


今、自分が
何を感じているのか
どんな時間を過ごしているのか
これから何をしたいのか
助けて欲しいのか
泣きたいのか
叫びたいのか

話を聞いて欲しいのか
ブログを読んで欲しいのか

誰かといたいのか
ひとりになりたいのか

明日を生きたいか


今を生きているか


その瞬間には、病名なんて括りは必要ない
気にしていられない
そうだ 気にしない方がいい
気にならないくらい ガハハと笑っていたい


0614mc-dog

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